開催日程


 【お知らせ】

 コミュニケーション研究会の活動報告専用のHPとして
 アキハバラ・アサイラム」ができました。

 https://akihabaraasylum.wordpress.com/
 
 今後はこちらで情報提供していきます。
 コミックマーケットや文学フリマにおいて頒布した論文の紹介や掲載など行いますので、どうぞご覧ください。




 第17回コミュニケーション研究会のお知らせ


 コミケからしばらくぶりの更新となります。
 先日、文学フリマに参加してきました。
 なんというか、文学を志す人たちはとても穏やかで、「欲望渦巻く」(by空地さん)夏コミにくらべるとゆるやかな時間が流れていたように思います。
 さて、夏コミ、文学フリが終わり、ようやく安定した平常運転ができそうです。
 
 次回のコミュニケーション研究会のお知らせです。

  <第17回研究会>
  日時:2015年12月3日(木)14時~17時
  場所:明神下診療所デイケアルーム

 ●前半
  内容:文学フリマを振り返って
 ※簡単に自分が書いた内容について討論してみたいと思います。

 ●後半
 『アサイラム』「精神障害者の精神的閲歴」pp133-179
 空地さん 133-143「~ということである」
 吉津さん 143-153※第一章潜在的患者期の終わりまで
 渡壁さん 154-167「~なりやすいのである」
 青山   167-179※第二章院内患者期の終わりまで

 今回は直前の割り振りにて、レジュメが間に合わなかったということでも構いませんので、できる範囲でまとめてきてください。

 今年最後のコミュ研です。
 どうぞよろしくお願い致します。





コミケ、当選しました!!
評論は8月14日金曜日になりました。
「金曜日 東ハ47b」

申込の際に書いた販売予定の概要ですが、

誌名:ソーシャル・ブラインドネス
サイズ・ページ:A5 120ページ
価格:800円
ジャンル:135※評論
持ち込み予定数:100部
発行予定年月:2015年8月

で出しました。

〔今後のスケジュール〕
8月4日 ※最悪、このあたりまでにはリライト原稿を下さい。→青山による編集作業
8月5日 入稿!!

〔執筆枚数〕
15000字(最低ライン)
 提出した内容は上記の通りですが、枚数や値段、部数の縛りはきつくないそうです。
 そこで、原稿の文字数最低ラインとして15000字としたいと思います。
 文字数を超えて執筆しても構いません。
 どうぞよろしくお願い致します。




前回の報告および第13回研究会のお知らせ


 定例報告です。
 第12回の研究会は無事終了しました。
今回は各自の原稿の進捗状況の確認ということだったのですが、当日に原稿を持ち寄れたのは長田先生と青山のふたりでした。

 長田先生は「いまここで起こっていることは何か:『空間実践』とメタコミュニケーション」という題目で、青山は「役割を遂行するとはいかなる 営みなのか:E.ゴフマンの役割論の役割分析への発展に向けて」という題目で発表しました。
 長田先生の今回の発表は、「現代人のメタコミュニケーションの変容」(『〈つながる/つながらない〉の社会学-個人化する時代のコミュニティのか たち』2014弘文堂)でお書きになった内容を発展させたものということでした。
 今回、先生の許可を頂き上記論文をPDFファイルにして添付しました。
ネット環境、身体感覚に興味のある空地さんや李さん、吉津さんあたりはとてもエキサイティングな論文だと思います。
ただし結構むずかしい内容なので、わからないかったら、最近メキメキと理論読解力上昇中の空地兄さんに解説してもらってください。

報告内容:
 長田先生:メタコミュニケーションとはコミュニケーションのコミュニケーションであり、コミュニケーションはメタコミュニケーションとともに生起 する。G.ベイドソンはメタコミュニケーションをこのように定義し、メタコミュニケーションの重要性を指摘した。その後、E.ゴフマンはベイトソ ンの議論に触発され、「いまここで起こっていることは何か」という経験を人々がどのように知覚し、その経験を編成させていくのかといった点に関心 を寄せて『フレームアナリシス』を展開させた。発表者は「いまここで起こっていることは何か」が非言語的な記号規則に対する人々の知覚に依拠して いる点に着目しつつ、ネット空間における人びとの身体感覚およびサイト(空間)の生産と再生産に関する意欲的な論を展開する。

<第13回研究会>
日時:2015年7月2日(木)14時~17時
場所:明神下診療所デイケアルーム
内容:コミケに向けた研究発表会
空地裕介さん、緒方さん、渡壁さんの3人から、現時点における進捗報告。
一人1時間(発表30分、質疑応答30分)
配布資料8人分。

どうぞよろしくお願い致します。




前回の報告および第12回研究会のお知らせ


 第11回の研究会は無事終了しました。
 今回は米田先生より「生物学主義主観批判と自然化された了解概念について」という題目で発表して頂きました。

報告内容:
発表者による要旨:「トマス・ネーゲルは、「コウモリであることはどのようなことか」という問いに自然科学的な方法で答えることはできないと主張 する。しかし、もしそれを理解することが不可能であるとすれば、われわれは盲人であることや自閉症であることも理解できないことになりはしないだ ろうか。一方で、ヤスパースの了解概念は、そのような理解を可能なものとするが、自然科学的な意味での因果的説明とは対立する方法として提示され ている。われわれは、了解概念を自然化することによって、すなわち脱主観化された了解概念を用ることによって、主観的体験に関する理解の領域を自 然科学と接続することの可能性について提案する。」

リプライ:
精神分析はリビドーというかたちで、行動主義は刺激に対する反応というかたちで、主観という現象を生物由来のものと位置づけ科学を装うという論点 をもう少し丁寧に論じる必要がある。
また発表者は了解による記述は重要な手法であると位置づけている。ヤスパースによる了解概念はいかに説明さらには使用されており、どの点が不十分 でどの点が発展の可能性があるのかを指摘する必要もあるだろう。
このような問題提起をした上で本論で展開される集合表象を用いた了解概念の議論が生きてくると考えられる。
しかし、、、ここまで持ってくるにはかなり力仕事になる。
そこで夏コミにはどこを論じたいのかを明確にし(1生物学主義主観批判、2ヤスパースの了解概念の可能性と限界、3集合表象による了解概念の提 案)、その部分の練度を高めるように準備してはどうだろうか。


『アサイラム』第一部「二章 職員の世界」「三章 施設における様々な儀礼」「四章 若干の補筆と結論」までの講読。
被収容者と職員は超えがたい隔たりがあるものの、働きかける対象が人間であるがゆえにその境界は破られることがままある。また所内報や年次行事な ど制度化された慣行によって、各々の役割からの解放がもたらされ、職員と被収容者の間に一体感が生じるが、それは決して共同性と呼べるまでに発展 しない。最後の「若干の補筆と結論」では職員には上級職員と下級職員の違いによって対象への働きかけに差異があること、アサイラム入所への意思の 差異(自発あるいは非自発)、被収容者の可変性の度合いによってアサイラムにもバリエーションがあることを示されて第一部は終了となる。

さて次回の研究会についてです。
そろそろ夏コミに向けての準備を本格化しなければなりません。
ゆえにしばらく講読はお休みして、皆さんの研究発表をメインに行っていきたいと思います。

<第12回研究会>
日時:2015年6月4日(木)14時~17時
場所:明神下診療所デイケアルーム
内容:コミケに向けた研究発表会
ひとりの持ち時間:およそ25分。

次回研究会までにみなさまにご準備してほしいものは下記となります。
〔準備するもの〕
タイトルと問題提起:800字程度→一週間前までに青山までメールでお知らせください。
本文:A4 5枚40字×40行設定(8000字 3、2Kb)→当日、タイトルと問題提起と共に配布資料としてご用意ください。
部数は8部です。

どうぞよろしくお願い致します。




前回の報告および第11回研究会のお知らせ

 第12回の研究会は無事終了しました。
 今回は『アサイラム-施設被収容者の日常世界』「全制的史悦の特徴について」序章、第一章を講読しました。

 ここでの主な論点は、施設側が提示する自己の無力化過程=剥奪過程、治療や更正などの被収容者に対する再組織化過程(第一次調整)の仕組みに ついて書かれている一方で、被収容者がとる反応の方途、生成してくる文化的環境、対抗習俗など(第二次調整)がその対比となかで論じられていた。 そして最後にこれらを踏まえて、全制的施設からの退所不安の要因(病気の重篤さ、文化剥奪、スティグマの付与)が指摘されるかたちで、第一章が終わってい た。
 アサイラムの知見から現代社会を逆照射してみると、社会ではいかに市民的自己の形成や維持に主眼がおかれ、様々な状況場面が規定されているということに気づかされる。

さて次回の研究会についてです
<第11回研究会>
日時:2015年5月7日(木)14時~17時
場所:明神下診療所デイケアルーム
内容:
(前半)米田先生の発表(題目未定)
30分ほどの発表。30分程度の質疑応答。
※米田先生、題目と要旨(200字程度)が出来ましたらお知らせ下さい。
(後半)『アサイラム』pp.77-130
「二章 職員の世界」
「三章 施設における様々な儀礼」
「四章 若干の補筆と結論」
の講読となります。

講読担当部分は下記となります。
吉津:pp.77-87「二章 職員の世界」「一」まで
李 :pp.87-97「二章 職員の世界」「二」まで
緒方:pp.98-107「三章 施設における様々な儀礼」「人間の生き様である。」まで
渡壁:pp.107「施設の展示は~」-118「三章 施設における様々な儀礼」最後まで
空地:pp.119-130まで「四章 若干の補筆と結論」
※一人15分程度、配付資料は8人分。

どうぞよろしくお願い致します。





前回の報告および第10回研究会のお知らせ

 第9回の研究会は無事終了しました。
 今回は空地裕介さんより「人間の非論理性とコミュニケーションとしての文化」について発表して頂きました。

報告内容:
 前半部分は人間の行動や行為における論理性および非論理性に関する発表者の考えがまとめられていた。たとえば「論理的な振る舞い」として反射や鳥の群れにみられる生物学的な行動が紹介され、「論理的思考」には数学などに代表されるような思考形式が想定されていた。その一方で「直感的」で「状況に依存」した「非論理的」な思考は進化適応的に学習されるものであるという。
 後半部分は「非論理的な思考」はいかにして獲得あるいは伝達可能なのかという問いに答えるものであった。伝達を量という視点で捉えると、状況に関する膨大な情報を処理することが必要となるが、これを行うには人間という生物学的な限界によって不可能である。では人間は膨大な情報をどのような方法で縮減しているのだろうか。発表者はコンテキストに着目し、文化によってコンテキストが学習されることで状況における情報の縮減がなされていると指摘する。

さて次回の研究会についてです

<第10回研究会>
日時:2015年4月2日(木)14時~17時
場所:明神下診療所デイケアルーム
内容:『アサイラム―施設被収容者の日常世界』「全制的施設の特徴について」序章~第一章まで

講読担当部分は下記となります。
吉津:pp.3-13序論
李 :pp.14-25一章 被収容者の世界一~二の途中「~非聖化されるのである。」まで
緒方:pp.25-36二の途中から二の最後まで
空地:pp.37-51三~四まで
渡壁:pp.51-62五まで
青山:pp.62―76六~八まで
どうぞよろしくお願い致します。





 前回の報告および第9回研究会のお知らせ

 先日は天候が悪いなか、ご参加下さりありがとうございました。
個々人の研究テーマが少しずつ見え始めているようで、安心しています。

<前回の報告および第9回研究会のお知らせ>
 第8回の研究会は無事終了しました。
 今回はE・ゴッフマン「Ⅲ集団帰属と自我アイデンティティ」~「Ⅴさまざまの逸脱行為と逸脱」部分で、これで『スティグマの社会学―烙印を押されたアイデンティティ』の講読は終了となりました。

 今回の講読部分は、スティグマというカテゴリーに対する内集団または外集団といった集団のパースペクティブがどのような作用をもたらすのかといったことがテーマだった。そしてスティグマというカテゴリーはある特定の個人に限定されて適用されるのではなく、状況場面によってスティグマカテゴリーに対するパースペクティブが決定するのである。それゆえに、ある場面では常人として振る舞っていた人が、別の場面ではスティグマを持つ者として振る舞うということがありうる。またスティグマカテゴリーの社会的機能とは、社会で不利益な人びとへ社会に対する支持を得るような働きをするという、逆説的な鋭い指摘がなされていた。

 さて次回の研究会についてです

<第9回研究会>
日時:2015年3月5日(木)14時~17時
場所:明神下診療所デイケアルーム
内容:空地さんの研究発表
空地さん、テーマタイトルや簡単な抄録(200字程度)ができたらみんなに知らせて下さい。

 次々回以降ですが、夏コミの団体名として決めたアキハバラ・アサイラムにちなんで(?)、ゴフマンの『アサイラム』を講読するのはどうかという案が出ています。ご検討下さい。





 前回の報告および第8回研究会のお知らせ

 第7回の研究会は無事終了しました。
 今回は「Ⅰスティグマと社会的アイデンティティ」「Ⅱ情報操作と個人的アイデンティティ」『スティグマの社会学』の講読が終わりました。

 今回の講読部分は、相互作用場面における自己および他者の同定は如何にして成されるのかということがテーマだった。「すでに信頼を失った者」「信頼を失う可能性のある者」とでは、状況の定義に違いが生じ、それゆえにパフォーマーたちが行うことができる情報操作も異なってくる。役割、ステレオタイプ、属性などと関連する「社会的アイデンティティ」、個体識別、個人誌などと関連する「個人的アイデンティティ」、これらが如何に相互作用によって同定されていくのかということが論じられていた。

 さて次回の研究会についてですが、引き続き『スティグマの社会学』です。

<第8回研究会>
日時:2015年2月5日(木)14時~17時
場所:明神下診療所デイケアルーム
内容:E・ゴッフマン『スティグマの社会学―烙印を押されたアイデンティティ』せりか書房「Ⅲ集団帰属と自我アイデンティティ」~「Ⅴさまざまの逸脱行為と逸脱」

講読担当部分について
pp.179-192「Ⅲ集団帰属と自我アイデンティティ」~「内集団への帰属」まで→李さん
※「分担は後ろの方で」とのリクエストでしたが、「後ろの方」はあまりおもしろくないから、青山が担当します。。
pp.192-205「外集団との調整」~「アイデンティティの政治学」まで→空地さん
pp213-227「Ⅳ自己とその他者」~「逸脱点のある常人」まで→渡壁さん
pp.227-246「スティグマと現実」~「Ⅴさまざまの逸脱行為と逸脱」まで→青山
となります。よろしくお願い致します。




 前回の報告および第7回研究会のお知らせ

 第6回の研究会は無事終了しました。
 今回は「役割距離」『出会い』の講読と、簡単に「Normal Appearances」の振り返りを行いました。「Normal Appearances」の振り返りですが、講読してから少し時間が過ぎてしまっていたのであまり積極的な意見交換が出来なかった点が反省点です。またそろそろ夏コミ出展を視野に入れて研究会の計画を立てていく必要があるかと思います。

 今回の講読部分「役割距離」は、前回の「ゲームの面白さ」がコミュニケーション秩序やその構造をふまえていたのに対して、状況場面に参加する個人の視点からコミュニケーションが捉えられていると思われる。つまり「役割距離」とは状況の活動システムを規定している制度的な役割からの転調を、個人の役割パースペクティブから捉えて「距離」と表現されている。(※ただしこの場合であってもあくまでゴフマンの視点は観察の視点に立った考察であり、状況の活動システムの参加者は「距離」に無自覚な場合もあるだろう)。

 前半部分は役割距離が役割葛藤と関連づけられて論じられているため、役割距離を「本当の自分」を守るため、押しつけられた制度的役割からの抵抗と理解してしまうことがあるが、「本当の自分」は個人と他者との相互作用のなかで形作られた虚構の自己イメージであり、そしてそれは役割カテゴリーを介したコミュニケーションの推論のなかで構成される。その点を踏まえると、ゴフマンはあくまで社会に定位して理論構築をしているのだということに改めて気づかされた。

 さて 次回の講読部分の割当などに関するお知らせです。

<第7回研究会>
日時:2015年1月8日(木)13時~17時※第一週の木曜日が祝日のため今回のみ第二週木曜日での開催です。
場所:明神下診療所デイケアルーム
内容:E・ゴッフマン『スティグマの社会学―烙印を押されたアイデンティティ』せりか書房
「Ⅰスティグマと社会的アイデンティティ」、「Ⅱ情報制御と個人的アイデンティティ」を講読します。


講読担当部分について
• pp.11-42「Ⅰスティグマと社会的アイデンティティ」「予備的考察」まで→青山
• pp.43-75「同類と情報通、精神的経歴」→空地さん
• pp79-116「Ⅱ情報制御と個人的アイデンティティ」「すでに信頼を失った者と信頼を失う事情のある者、社会的情報、可視性、個人的アイデンティティ、生活誌」→渡壁さん
• pp.116-156「生活誌上の他人、パッシング」→李さん
• pp.156-175「情報制御のさまざまな手法、偽装工作」→緒方さん
となります。
 今回の課題図書は事例も多くかなり読みやすいのではないかと思います。




前回の報告および第6回研究会のお知らせ

 第5回の研究会は無事終了しました。
 今回は「ゲームの面白さ」『出会い』の講読で終わりました。「Normal Appearances」の振り替えりは次回に回すことになりました。
 要約を発表するだけでかなり時間をとってしまい、ディスカッションの時間が30分弱と少なくなりました。今度から時間配分に気をつけます。

 今回の講読部分「ゲームの面白さ」は、コミュニケーション秩序やその構造をふまえつつ、なぜゲームがおもしろいのかという点を明らかにしている点にその特徴があるといえる。そしてゲームに真面目になったり不真面目になったりするのは、ゲームがあるからではなくそこに出会いという社会的相互作用場面が含まれているからだというゴフマンの指摘は印象的である。この点を念頭に置き、コミュニケーションの学習をSSTといった訓練形式のものではなく、ゲームという遊びを通じて行うことの意義が見いだせるのではないかと思われる。

空地さんのレジュメのなかでニコ動の話がでてきましたが、その際に先生が挙げられた先行研究者は濱野智史さんだと思います。ググってみるとどんな人なのかわかります。。。
 さて 次回の講読部分の割当などに関するお知らせです。

<第6回研究会>
日時:2014年12月4日(木)14時~17時
場所:明神下診療所デイケアルーム
内容:(前半)「役割距離」『出会い』
(後半)Normal Appearancesの講読を終えたディスカッション
※最終回に長田先生に配布して頂いたジュメをもとに、改めて自閉症スペクトラムとの関連でNormal Appearancesについて考えたいと思います。

講読担当部分について
「役割距離」
• pp.85-118「役割概念」まで:→青山
• pp.119-146「役割と真面目な活動~外科手術と役割距離の機能」まで→空地さん
• pp51-81「自己の同時的な多元性~結論」まで→李さん
となります。今回は翻訳のある要約ですので、長田先生のほぼ全訳レジュメはもちろんありません、しっかりと準備をお願いいたします。




前回の報告および第5回研究会のお知らせ

 第4回の研究会は無事終了しました。
 前半部分は「Normal Appearances」part three部分の講読でした。
 出席者の失念により担当部分の要約がないという事態が生じましたが、長田先生の「Normal Appearances」全体まとめ資料のおかげで、とても有意義なディスカッションができたように思います。

 (前半)part threeではまとめの章にもかかわらず、新たな概念connectedness(関連性)とfortuitousness(偶然性)が登場する。
まずconnectedness(関連性)においては、関連性は文化的な規定性があると当時にコミュニケーションする個人の能力(関連性スイッチのオン・オフする能力)にも関係するのではないかという指摘。またA.ギデンズは「基本的信頼」や「存在論的安心security」を論じているが、Normal Appearancesはむしろ、社会的アイデンティティに基づいてなされる「一般的信頼」との関係が深いのではないかとの意見。
 一方、fortuitousness(偶然性)では、近代ではデザインされていないものに意味づけが必要となったときはfortuitousness(偶然性)と考え、運命fateとしては意味づけない。運命と意味づけるのは前近代社会でよく用いられる意味であるとのゴフマンの指摘があるが、今日のわれわれが生きる現代社会は偶然性と意味づけたり運命と意味づけたり、状況の適合性によってどちらも使用されている。
(後半)空地さん発表の「対人ゲームにおける無作為な意思決定の不透明性」について。
 発表ではまずゲームにおける意思決定とは何かについての説明がなされ、そのうえであるプレイヤーの無作為な意思決定が他のプレイヤーにゲームルールの不透明性を感じさせることで、いかに他のプレイヤーを不快・不安にさせるのかなどが、思考実験の手順をとって紹介された。
ゲームにおけるプライヤーの個性とはどのようなしくみで発揮されうるのか。どういったゲームデザインのなかで、プレイヤーたちはそのゲームをおもしろいと思うのか、あるいは不快になるのか。ゲームの様子をビデオにとるなどして検証してもよいのではないかなどの意見が出された。

 空地さんの発表時間やディスカッションの時間はもう少しあってもよかったように思いました。駆け足での討論だったために多少消化不良な感が否めませんでした。ごめんなさい。
※三目並べを題材に信頼とは何かについてガーフィンケルが論じている論文があります。

 Garfinkel, H. (1963) 'A Conception Of, and Experiments With, “Trust” as a Condition of Stable Concerted Actions', in O. J. Harvey (ed.), Motivation and Social Interaction. New York: Free Press. pp. 187–238.
この論文を題材に浜日出夫先生が下記の論文を書いているので参考までに。
浜 日出夫1996「ガーフィンケル信頼論再考」 『年報筑波社会学』7, 55-74


 さて 次回の講読部分の割当などに関するお知らせです。

<第5回研究会>
日時:2014年11月6日(木)14時~17時
場所:明神下診療所デイケアルーム
内容:(前半)「ゲームの面白さ」『出会い』
(後半)Normal Appearancesの講読を終えたディスカッション
※初参加の李さんもいるので、前回の長田先生のレジュメをもとに改めて自閉症スペクトラムとの関連でNormal Appearancesについて考えたいと思います。

講読担当部分について
「ゲームの面白さ」
• pp.3-28「序章~一、ゲーム、プレー、ゲームをすること。」まで:→李さん
• pp.28-51「二、自発的関与~五、統合。」まで→空地さん
• pp51-81「六、あふれ出し。~結論」まで→青山
となります。今回は翻訳のある要約ですので、長田先生のほぼ全訳レジュメはもちろんありません、しっかりと準備をお願いいたします。




前回の報告および第4回研究会のお知らせ

 第3回の研究会は無事終了しました。
 今回から簡単な報告をつけることにしました。

 前半部分はNormal Appearances」part two部分の講読でした。
 場ということがここでの中心課題だったと思うのですが、なかでもkey概念は「結びつきのサインtie-signs」と「社会的ネット social net」にあったように思います。
 場面場面で人々はどのような社会的ネットのなかにいて、いかにして結びつきのサインを読み取り、コミュニケーションをしているのかについてはもう少し具体的な議論があってもよかったかなと思いました。例えば自閉症スペクトラムは2者関係では比較的うまくこなせるが、3者関係では難しくなるというのはどういった経験として説明できるのか、なぜ健常者はそれがうまくこなせているように見えるのかなどなど。

 後半部分は緒方さんのゲーム構想の発表でした。ゲームの基本ルールを「共同注意」「社会的参照」においてみるいうもの。議論のなかにはいくつかの提案が出されました。人々の場面への集中がいかになされるかを、例えば子供の集まりなどある具体的な場面を観察しながら検討してもよいのではないか。まずコミュニケーションの基本となるルールをリストアップして、ゲームをおもしろくできる組み合わせを考えてみる。あるいはすでにあるゲームのなかで自分が気になっているゲームを取り上げ、それをコミュニケーションという視点でまとめてみるというものなど。
もう少しつっこんだディスカッションができればよかったのですが、司会の力量不足でした。

 さて 次回の講読部分の割当などに関するお知らせです。

<第4回研究会>
日時:2014年10月2日(木)14時~17時
場所:明神下診療所デイケアルーム
内容:
(前半)『Relations in Public』 「Normal Appearances」part three
(後半)個人発表(空地さん)
『対人ゲームにおける無作為な意思決定の不透明性』
要旨:対人ゲームにおいて意思決定を無作為にゆだねることはしばしばマナーに反するとされる。またゲームによってはそれを禁じている場合もある。あるプレイヤーの無作為な意思決定がどのようにほかのプレイヤーに不透明性を感じさせるのかを考察する。

講読担当部分について
part three conclusions
  • pp.310-317第1段目(~alongside him.)まで:1から2に途中まで→空地さん
  • pp.317-326第1段目(~to be suspected?)まで:2の途中から7まで→緒方さん
  • pp326-333 8~Ⅱsummary:最後まで→青山

 きりのいいところで切れなかったので、わからない時は青山までご一報ください。今回はあみだくじで順番を決めました。




第3回研究会

日時:2014年9月4日(木)14時~17時
場所:明神下診療所デイケアルーム
内容:
(前半)『Relations in Public』 「Normal Appearances」part twoの購読およびディスカッション.
(後半)緒方さんの発表



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